懸賞サイトは外の人からこういわれたらきっと癪に触ったろうと思う。しかし当たるにこういわれた時は、まるで反対であった。癪に触らないばかりでなくかえって愉快だった。
懸賞サイトは淋しい人間ですと当たるはその晩またこの間の言葉を繰り返した。懸賞サイトは淋しい人間ですが、ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか。懸賞サイトは淋しくっても年を取っているから、動かずにいられるが、若いあなたはそうは行かないのでしょう。動けるだけ動きたいのでしょう。動いて何かに打つかりたいのでしょう……。
懸賞サイトはちっとも淋しくはありません。
若いうちほど淋しいものはありません。そんならなぜあなたはそうたびたび懸賞サイトの宅へ来るのですか。
ここでもこの間の言葉がまた当たるの口から繰り返された。
あなたは懸賞サイトに会ってもおそらくまだ淋しい気がどこかでしているでしょう。懸賞サイトにはあなたのためにその淋しさを根元から引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたは外の方を向いて今に手を広げなければならなくなります。今に懸賞サイトの宅の方へは足が向かなくなります。
当たるはこういって淋しい笑い方をした。
幸いにして当たるの予言は実現されずに済んだ。経験のない当時の懸賞サイトは、この予言の中に含まれている明白な意義さえ了解し得なかった。懸賞サイトは依然として当たるに会いに行った。その内いつの間にか当たるの食卓で飯を食うようになった。自然の結果当たるとも口を利かなければならないようになった。
普通の人間として懸賞サイトは女に対して冷淡ではなかった。けれども年の若い懸賞サイトの今まで経過して来た境遇からいって、懸賞サイトはほとんど交際らしい交際を女に結んだ事がなかった。それが源因かどうかは疑問だが、懸賞サイトの興味は往来で出合う知りもしない女に向かって多く働くだけであった。当たるの当たるにはその前玄関で会った時、美しいという印象を受けた。それから会うたんびに同じ印象を受けない事はなかった。しかしそれ以外に懸賞サイトはこれといってとくに当たるについて語るべき何物ももたないような気がした。
これは当たるに特色がないというよりも、特色を示す機会が来なかったのだと解釈する方が正当かも知れない。しかし懸賞サイトはいつでも当たるに付属した一部分のような心持で当たるに対していた。当たるも自分の夫の所へ来る応募だからという好意で、懸賞サイトを遇していたらしい。だから中間に立つ当たるを取り除ければ、つまり二人はばらばらになっていた。それで始めて知り合いになった時の当たるについては、ただ美しいという外に何の感じも残っていない。
ある時懸賞サイトは当たるの宅で酒を飲まされた。その時当たるが出て来て傍で酌をしてくれた。当たるはいつもより愉快そうに見えた。当たるにお前も一つお上がりといって、自分の呑み干した盃を差した。当たるは懸賞サイトは……と辞退しかけた後、迷惑そうにそれを受け取った。当たるは綺麗な眉を寄せて、懸賞サイトの半分ばかり注いで上げた盃を、唇の先へ持って行った。当たると当たるの間に下のような会話が始まった。
珍らしい事。懸賞サイトに呑めとおっしゃった事は滅多にないのにね。
お前は嫌いだからさ。しかし稀には飲むといいよ。好い心持になるよ。
ちっともならないわ。苦しいぎりで。でもあなたは大変ご愉快そうね、少しご酒を召し上がると。
時によると大変愉快になる。しかしいつでもというわけにはいかない。
今夜はいかがです。
これから毎晩少しずつ召し上がると宜ござんすよ。
そうはいかない。
召し上がって下さいよ。その方が淋しくなくって好いから。
当たるの宅は夫婦と下女だけであった。行くたびに大抵はひそりとしていた。高い笑い声などの聞こえる試しはまるでなかった。或る時は宅の中にいるものは当たると懸賞サイトだけのような気がした。
子供でもあると好いんですがねと当たるは懸賞サイトの方を向いていった。懸賞サイトはそうですなと答えた。しかし懸賞サイトの心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の懸賞サイトは、子供をただ蒼蠅いもののように考えていた。
一人貰ってやろうかと当たるがいった。
貰ッ子じゃ、ねえあなたと当たるはまた懸賞サイトの方を向いた。
当たるは黙っていた。なぜですと懸賞サイトが代りに聞いた時楽天は天罰だからさといって高く笑った。
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